エゴイスト  〜不二side〜





僕はずっと心の休息を求めていた。

自分を偽り続ける事に幸せなど見つかるはずもなく、僕は疲れていたんだ。

…そんな僕を癒せるのは、ずっと手塚本人だと思ってた。

けど…今は…

リョーマ以外考えられない。僕は、やっと愛しいと思える人を見つけた。


「いらっしゃい、リョーマ」

「お邪魔します」


英二と話をつけてからというもの、よくリョーマと部活以外で会うようになった。

それが放課後のデートだったり、休みの日に遊びに来たり、勉強を教えたり………

形は様々だったけど、どれも、とても幸せな時間だ。


「周助……んっ」


部屋に入って、僕らはすぐに抱き合った。

これは日課になりつつある。不安定なお互いを、支えるように…キスをしながら。


「周助…俺、解らないんだ…」

「どうしたの!?リョーマ…」


急に膝を抱えるように座り込み、泣き出した君に…僕は戸惑った。

僕、何か悪い事したかな?君を泣かせてしまうような事を。


「俺…俺、同性愛者じゃないんだ…。今でもそう信じてるよ…。なのに」

「………」


リョーマの言いたい事は大体解る。僕だって、同性愛者の自覚は無いんだ。

英二を抱いていたのは、ただ慰めが欲しかっただけだし…勿論、女の子の方がいいなって思う時だってあった。

でも…何でだろう。リョーマにキスしたり、抱きしめたりするのは………

女の子に対する気持ちとも、英二に対する気持ちとも違った。


「こんなの良くないって思ってる…ッ…だけど、周助から離れたくなくて…」

「こんなの?…僕との関係を『こんなの』なんて言わないで…」

「あ…ごめん…なさ…」

「いいよ。不安があるなら何でも言って、ね?僕が全て受け止めるから…」


今のリョーマの気持ちを理解出来る分、僕は複雑だった。

受け入れる?…馬鹿だな、僕は。受け入れて欲しいのは自分自身なのに…。


「男なんか好きじゃないのに…!何で周助や部長は拒めないんだろ…。俺、おかしいよ…」


手塚の名前が出てきて、僕は青ざめた。…そうだよね、まだ手塚が好きだよね。

僕は君の一番になったつもりで居たけど、まだ君の心には手塚が居るんだ…。


「俺…やっぱり同性愛者なの…?普通じゃないの…、かな」

「同性愛者だって普通さ。一般の常識が薄いだけで、恋愛をしている事に変わりはないじゃないか…」

「でもッ…ううん、ねぇ、周助は自分が同性愛者だって認めてる…?」


こんな質問をされるとは思わなくて、正直驚いた。

なんて答えたらいいんだろう。自覚はないけど、認めないと、リョーマの存在を否定する事になってしまう。


「…僕も男を好きになった時、戸惑ったよ。勿論、自分が同性愛者だなんて認めなかった。今も…だけどね」

「そう…すか」


迷ったけど、僕の本当の気持ちを伝える事にした。

偽りの言葉なんてもらっても、君は嬉しくないだろ?その場限りの優しさは、時に残酷だからね。


「俺…周助の事は、他の人よりずっと好きだよ。でも…」

「いいよ、無理に同性愛者を認める事はない。だから、その代わり約束して?」

「…何を?」

「何があっても、黙って僕の前からいなくならないで…」


僕はふと、リョーマに手塚を重ねた。彼らはよく似ている。

容姿とか性格とか、そんな簡単なものじゃなくて…もっと深い所で共通点を感じるんだ。

リョーマには口が裂けても言えないが、僕はまだ手塚の面影を君に求めてるみたいだ。


「俺…いなくなったりしないよ。ずっと周助と居るから…」

「うん…ありがとう。それだけ聞かせてもらえれば、僕は十分だよ…」


僕はそっとリョーマの首筋に唇を寄せると、吸い上げた。

リョーマが僕のものであるという証をつけるために。


「ん…周助ッ」

「リョーマ」


何度も何度もキスをした。特に意味があるわけではない行為。

だけど僕には…何よりも嬉しい事。リョーマが笑ったり、泣いたり、怒ったり…それと同じぐらい価値のある事。

しかし不意に鳴った携帯の着信音に、行為は中断させられた。


♪〜〜 ♪〜〜 ♪〜〜


どうしようか迷ってるリョーマの顔を見たら、これ以上我侭も言えなくて…

僕は「いいよ、電話でしょ?とりなよ」と言うしかなかった。

リョーマは申し訳なさそうな顔をすると、電話に出た。

…刹那、リョーマの表情が凍りついた。しかし僕と目が合うと、無理をして笑ってみせた。


「うん…行きます…。だから…」


何かを悲願するかのような声。僕は気になって仕方なかった。


「………」


戸惑った表情のまま電話を切ったリョーマを見て、詮索したくて堪らなくなった。

けれどそれは、僕に知られたくない事なのだろう。

あの笑顔と、電話を切った後僕に何も言わない事が裏付けていた。


「リョーマ…大丈夫?」


まだ蒼い顔をしているリョーマに声をかけると、ビクリを肩を震わせた。


「あ…平気ッス…」


本当は、彼の不安要素は全て無くしてあげたいが、あまり出しゃばる事も出来ず、僕はそのまま「そう」とだけ言った。

僕はこの時訊かなかった事を、後に後悔する。

僕らに休息なんてものはないことを、この時すっかり忘れていた………。